コラム

点数の低い子が努力することに意味はないのか?

「うちの子は、能力がないのではないか」
「いくら頑張っても、もともと頭のいい子には勝てないのではないか」

学校から返された成績表を見るときに、このような気持ちを抱いたことはないでしょうか。

1位から最下位まで現実を突きつけられる中学校の成績表は、時として、非常に悩ましく、切ないものです。

教育の現場に立つ私たちから見ても、「生まれ持った能力(情報処理のスピードや記憶力など)の違い」は、残酷なまでに確実に存在します。がんばったからといって誰もが東大に行けるわけではありません。「やれば無限に伸びる」という過度な期待は、子どもが壁にぶつかった時に「自分は頭が悪い」「できないのは自分の努力不足だ」という強烈な自己否定につながる危険性すらあります。

では、能力に差があるのなら、努力することに意味はないのでしょうか。

ライオンズ学習塾は決してそんなことはないと考えます。

なぜなら、学習の本当の目的は「他人に勝つこと」ではなく、「自分の持っているパフォーマンスを最大限に発揮する"方法"を身につけること」だからです。

「結果」ではなく「過程」が子どもを強くする

スタンフォード大学で行われた有名な心理学の実験があります。子どもたちを二つのグループに分け、テストの後に異なる声かけを行いました。

  • Aグループ:「よくできたね!あなたは頭がいいんだね」(能力を褒める)
  • Bグループ:「よくできたね!すごく工夫して頑張ったんだね」(努力や過程をほめる)

その後、絶対に解けないような超難問を与えたところ、明確な違いが現れました。「能力」を褒められたAグループは「自分は頭が悪いから解けないんだ」とすぐにあきらめ、自信を喪失してしまいました。一方、「過程」をほめられたBグループは、「もっと工夫すれば解けるかもしれない」と難問にも粘り強く取り組み続けたのです。

この研究が示しているのは、「目標に向かって工夫して取り組み、挑戦した自分」への自信こそが、挫折に負けない粘り強い力になるということです。

結果(テストの点数や合格実績)だけを追いかける学びは、結果が出なかった時に心まで折れてしまいます。

しかし、「前はあきらめていたレベルの問題に、自分から挑めるようになったね」と過程を認められながら育った子どもは、多少の「挫折」にめげることなく、立ち上がる強さを身につけていきます。

「今の自分より少し賢くなること」は全員にできる

もしお子様が、現状の学力からかけ離れた大きな夢を語ったとしたら——心の中で「絶対ムリだ」と思ったとしても、それを口に出して言うべきではないと考えます。

夢はどこまでも高くていい。
大人の役割は、その夢を摘み取ることではなく、「手の届きそうな目の前の1段(目標)」へと目線を下ろし、確実にのぼらせてあげることです。

「能力の差」は存在しても、「昨日の自分より、少しだけ賢くなること」は全ての子どもに可能です。自分の限界を少しだけ超える努力を重ね、最大限のパフォーマンスを発揮できたという経験は、「自分ならできる」という自己肯定感となって確実に心の中に生き続けます。

それは、社会に出てからの「生きる力」になる

ペンシルベニア大学の大規模な調査により、社会に出てから成功し、幸福感を得ている人たちの共通点は「IQの高さ」でも「生まれつきの才能」でもなく、「GRIT(困難に直面してもあきらめずにやり抜く力)」であることが分かっています。

点数はどうであれ、「ちゃんと仕上げてテストにのぞんだらすごい点数が上がった」という成功体験は、勉強だけで終わるものではないのです。

「直面した困難に対して適切なアプローチで努力をすれば、どんなことも向上する」

そんな揺るぎない自信へと昇華されます。この自信が根付いている子どもは、将来、大学受験、就職活動、あるいは社会に出てからの未知の仕事(複雑なプロジェクトや人間関係の構築など)という全く別の壁に直面した際にも、「今回もなんとかできるはずだ」という姿勢が身についているのです。

「テストの順位」や「進学した高校の名前」は、あくまでもその時の「途中経過」に過ぎず、人生はその後も続いていくのです。しかし、自分のパフォーマンスを最大限に発揮しようと試行錯誤した過程は、心の中に深く刻まれ、一生使い続けることができる強力な財産になります。

私たち大人にできることは、子どもたちの「今」の成績を数字だけで評価せず、彼らが自分の限界に挑むその尊い過程を、しっかりと見逃さずに、認めてあげ続けることではないでしょうか。

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